@巡幸予定の日程とルート 明治11年 明治天皇 北陸 東海

表紙へ           明治天皇の明治11年巡幸(北陸道・東海道)

@巡幸(予定の全ルート) 更新:2020/11/13

  国、県及び民間資料により、巡幸日程(ルート)等を以下のようにまとめてみた。 【太陽暦】

 注:巡幸は途中で日程・ルートが変更されたのでA巡幸予定を変更した理由と実際のルートもご覧ください。

☆東京出発日の布告

【御發輦の期日】

出典:長野縣版 和本

*明治時代の布告布達は国から各県(明治初期は300県ほど)

へ木版印刷・配送 されていました。 各県庁でも又、木版印刷

(各県により相違があるでしょうが各300枚ほど)され各村

大区中区小区へと同じように配送されました。その後明治5年

以降は活版印刷も行われるようになりました。ですから全国

では当初約9万枚程度印刷されていたと推察されます。

 これらは、ちょうど現在の官報にあたります。

 今回の長野縣版 和本とは、長野縣庁で出版し各村大区

中区小区へと配送されており、其の一部で綴られていたもの

です。

 なお、同布達の山形縣版を見ると山形縣令の発番号の付いた頭

紙の添付がある。山形縣では、中央および地方官庁から山形縣あ

て発信された公文書を、山形縣令名の「かがみ」(鑑、頭紙)を

付して縣内に発信し「漏れなく触示せよ!」とした。 

【参 照】A巡幸予定を変更した理由と実際のルート

 最後に記載の明治11年11月9日還幸  出典:山形縣版 和本

をご覧ください。






  【御發輦の期日】 
天皇の乗輿が出発する期日

  北陸東海両道

 御巡幸來ル三十日東京 御發輦

 仲出候條此旨布告候事

   明治十一年八月十日 太政大臣 三條實美

  →来たる明治11年(1878)8月30日に東京を出発する旨布告する。

 

 ※輦(れん)=天皇の乗輿,乗物

  巡幸=天皇が各地をまわること

  臨幸=天皇が出かけてその場に臨むこと

  行幸=天皇が外出すること

       目的地が複数ある場合は特に巡幸と言う

  行在所(あんざいしょ)=天皇が外出したときの仮の

                 御所、行宮(あんぐう)

 

 

(参考)

太陽暦の採用:明治5年(1872)11月9日 太政官布告第337号

 太陰暦を廃し、太陽暦を採用することの詔書が発せられ交付

された。 1年を365日とし、それを12月に分け、4年毎に閏年を

おくこと、1日を24時間とすること、旧暦の明治5年12月3日を新

暦の明治6年1月1日とすること、が定められた。 

 本巡幸日程も、太陽暦で示されている。

☆岐阜県下区戸長への告知

(後にこの区間だけがルート変更となる)

愛知縣岐阜縣愛知縣)⇒(滋賀縣岐阜縣愛知縣 

出典:岐阜縣版(8月20日付) 和本【原本 筆者所蔵】

出典:北陸 東海 御巡幸供奉官員録御宿泊記(明治11年8月26日付)

 

 

 

 

 

 

                     區戸長

 北陸東海両道

 御巡幸 御發輦日限御布告相成候處北陸道各縣 御巡幸

 ノ後愛知縣ヨリ當縣ヘモ 御臨幸岐阜地ニ一日 御駐輦

 可相成旨兼テ御達ノ趣モ有之ニ付左ノ條件爲心得相達候

 條區村丙夫々可告知此旨相達候事

   明治十一年八月廿日   岐阜縣令 小崎利凖

 一 御臨幸御日限ノ儀ハ 御發輦ノ日ヨリ五十九日目岐阜

   地 御着輦ノ筈ニ候事

 一 輦路ノ儀ハ葉栗郡田代村ヨリ岐阜マテニ候事

 一 御行列拜見勝手タルヘク候得共本年本縣乙第四十五號

   達ノ通可相心得候事

 一 諸献上物一切不相成候事

 

  →愛知県経由で岐阜県へも臨幸あり。

    東京出発から59日目に岐阜に到着予定。

    岐阜に1日滞在後、愛知県下へ戻る。

 

【北陸東海御巡幸供奉官員録御宿泊記の全容】

以下に、随行した官員名と宿泊等行程表を民間発行の原本により示す。

 

@表紙  

【原本 筆者所蔵】

@表紙

北陸東海御巡幸供奉官員録御宿泊記

 内務省御届 明治十一年(1878)八月廿六日 玄水舎 発行

     大きさ:165mm×75mm 22頁

 

 ※供奉員(ぐぶいん)=御供の行列に加わる人

A巡幸の馬車列1

 

 北陸東海御巡幸御供奉一覧

 

 画作・出版人 蜂須賀國明

【原本 筆者所蔵】

B巡幸の馬車列2  

 

御旗 騎兵     上 御馬車 (天皇 御馬車)

 

北陸東海御巡幸御行列畧図

出版人 半井幸太郎

御輦の跡(昭和13年9月 熊谷市役所発行)から

CP-1 御巡幸御行列1 

御旗から御馬車まで(部分) 蜂須賀國明

CP-1 御巡幸御行列1          鹵簿(ろぼ)

 

地方警部 馬  地方警部 馬

騎兵同     騎兵同

御旗 騎兵

近衛士官 馬   近衛士官 馬

同 馬       同 馬

侍従 馬   上 御馬車  侍従 馬

同 馬       同 馬

侍醫 馬  侍補 馬  侍補 馬

  ※上=天皇 

 P11←10    鹵簿 P9←8

@御馬車の節の御列P9←8 A御乗馬の節の御列P10←9

B御歩行の節の御列P11←10

御輦の跡(昭和13年9月 熊谷市役所発行)から 

※鹵簿(ろぼ):儀仗を備えた行幸・行啓の行列

 は楯(たて)の意、簿は行列の順序を記した帳面の意(は異なる)

 DP-2 御巡幸御行列2  

DP-2 御巡幸御行列2

 

宮内卿輔之内一員 馬

地方長官 馬  掌典 馬  宮内書記官 馬

参議  馬車  大臣

陸軍少輔 馬         大警視 馬

内務書記官 馬     太政官書記官 馬

騎兵士官

喇叭(ラッパ)手           

騎兵 同            騎兵 同

 

EP-3 供奉勅奏任官名  

EP-3 供奉勅奏任官名

 ※供奉員(ぐぶいん)=御供の行列に加わる人

 供奉勅奏任官名
右大臣 岩倉具視   参議兼大藏卿 大隈重信  参議兼工部卿 井上 馨
宮内卿 徳大寺實則
宮内太輔 杉 孫七郎  内務少輔 林 友幸  陸軍少輔 大山 巖
大警視 川路利良
内務大書記官 品川彌二郎  宮内大書記官 香川敬三
宮内大書記官 山岡鐵太郎  宮内權大書記官 堤 正誼
宮内少書記官 櫻井純造  太政官少書記官 谷森眞男
大藏少書記官 橋本安治  大藏權少書記官 佐伯惟馨
一等侍醫 伊東方成  三等侍醫 伊東盛貞
一等侍補 土方久元  二等侍補 高崎正風  三等侍補 山口正之
 

FP-4 供奉勅奏任官名 

FP-4 供奉勅奏任官名

 

式部寮二等出仕兼二等掌典 橋本實梁
少警視 佐和 正  權少警視 迫田利綱  同 三間正弘
一等警視補 中川祐順 同 長尾景直 同 林 誠一
權中警部 久木村治休 少警部 梶川十左衛門 權少警部 田村五郎
八等警視属 平林忠正 九等警視属 齋藤 保 三等掌典 岩倉具綱
侍従 堀河康隆 同 高辻修長 同 富小路敬直 同 綾小路有良
同 西四辻公業 同 東園基愛 同 北條氏康 同 片岡利和
宮内省御用掛リ 近藤芳樹
 

GP-5 供奉勅奏任官名/供奉判任官人名 

GP-5 供奉勅奏任官名/供奉判任官人名

 

侍従試補 藤波善忠 同 萩 昌吉 同 廣幡忠朝 同 平尾瑯U
 供奉判任官人名
  宮内庶務課
二等属 田邊新七郎 三等属 和田義比 八等属 高屋康功
  同 出納課
二等属 麻見義修 七等属 廣瀬豊海
  同 内膳課
二等属 松井定貞 七等属 岡本正道 八等属 音川定静
十等属 杉山政直 同 直江重成
等外 三名 御雇 五名
  同 内匠課
 

HP-6 供奉判任官人名 

HP-6 供奉判任官人名

 

三等属 名島博旬 七等属 小平義近 八等属 山口政明
十等属 堤 邦義 等外 二名 御雇 一名
  同 調度課
二等属 谷村一正 十等属 田村清胤 等外 二名 御雇 一名
  同 内廷課
二等属 小笠原武英 
雑掌 葉室俊顯 同 三澤爲質 同 中野義直 同 藤島廣道
同 岩崎爲成 同 大谷一枝 同 高見 志 同 坂本 直
同 吉利郡吉
 

IP-7 供奉判任官人名 

IP-7 供奉判任官人名

 

同 鎌田幸吉 同 井上良温 同 三浦平十郎
八等属 松岡直清 九等属 淵川親則 等外 一名
二等三等仕人 拾九名 侍醫附三等仕人 二名
輿丁 拾四名
  同 御厩課
三等属 川上鎮石 九等属 木隆徳
十五等出仕 小柴定五郎 同 根村當守
十六等出仕 元藤清馨 同 矢野宣温 同 木村介一
三等馭者 宮下幸知 5等馭者 武部可榮 十七等馭者 久保叉作
等外 四名 御雇 二名

 

JP-8 供奉判任官人名 

 

JP-8 供奉判任官人名

 

器械磨方 八名 馬丁 四十九名
  醫員部
船曳清修 岩井克俊 平野好徳 伊東政敏
  式部寮
二等属 山田有年 七等属 藏田秋輔 等外 一名
  内務省
内局二等属 淺井新一 庶務課七等属 村木良藏 驛遞局一等属 五島孝繼
  大藏省
検査局六等属 堀 忠喬 同八等属 藤井 鼎 出納局四等属 松本信方
同八等属 田中平八
  近衛歩兵科
陸軍少佐 比志島義輝

 

KP-9 供奉判任官人名 

KP-9 供奉判任官人名

 

同 大尉 本田親秀 同 馬屋原務本 同 佐久間 潔
同 中尉 高橋信寳
  近衛局附
中尉 磯村眞三 少尉 川合守一 同 大橋信忠
近衛炮兵科少尉 池田綱平 同工兵科少尉 小田新太郎
同騎兵隊附少尉 細井安泰 
軍醫副 伊東祐順 馬醫副 桑島景連
  歩兵一小隊
曹長 一名 軍曹 二名 伍長 四名 兵隊 三十四名
喇叭卒 一名 蹄鐵工 一名 近衛士官 十名
同驛二小隊

 

LP-10  供奉判任官人名 

LP-10  供奉判任官人名

 

警部 三十名
巡査 三百名
   以上

 

MP-11 北陸東海兩道御巡幸御道筋宿驛御休泊記(東京→安中)

 

MP-11 北陸東海兩道御巡幸御道筋宿驛御休泊記
参考:1里(り)=36丁(町ちょう)=3.9273km、1町=60間(けん)=109.09m
     1間=1.8182m 従って1里=1.8182m×60×36=3.9273km 
  ( 御休
  ○御泊
  東京   2里15丁33間
  ( 板橋  2里15丁6間
     東京府埼玉縣ト界ナリ
  蕨     1里9丁23間
一日 ○浦和  1里18丁6間
  (  埼玉縣廰アリ
  大宮   2里53間
  上尾   1里1丁1間
二日 ○桶川  1里35丁50間
  ( 鴻巣  4里16丁27間
三日 ○熊谷  2里28丁32間
  深谷  2里29丁32間
  ( 本所×→本庄に訂正 2里6丁37間
     上武國界甘樂川アリ
四日 ○新町  1里26丁28間
     烏川アリ舟橋
  倉ヶ野  1里8丁49間
  ( 高崎  前橋へ3里、板鼻へ2里4丁8間
五日  六日 ○前橋  一日御駐輦
再( 高崎
     烏川碓氷川共ニ橋アリ
  板鼻  27丁28間
  安中  2里14丁9間

NP-12 同上(松井田→新井)  

 

NP-12
七日 ○松井田 2里12丁4間
  坂本 2里31丁55間
     碓氷峠 上信國界
  ( 輕井澤 1里19丁9間
  沓掛 1里31丁57間
八日 ○追分 3里5丁23間
   左 中山道   右 北陸道
     淺間山見ユ
  ( 小諸 2里13丁12間
     千曲川アリ
  田中 2里17丁58間
九日 ○上田 3里
  坂本 1里9丁7間
  ( 下戸倉 1里23丁4間
  屋代 29丁27間
  藤ノ井 2里1丁18間
  丹波島 1里13丁50間
     犀川舟橋アリ 此所ヲ川中島ト云フ
十日 ○長野 1里6丁30間
十一日  縣廰アリ  一日御駐輦
  新町 2里25丁29間
  ( 牟禮 2里19丁47間
  大古間 7丁45間
  柏原 34丁33間
     飯綱 黒姫 妙高ノ山々見ユ
  野尻 30丁16間
     信越ノ界
十二日 ○關川 2里17丁2間
  關山 3里1丁18間
  ( 新井 2里5丁44間

OP-13 同上(高田→新發田)  

OP-13
十三日 高田 2里24丁23間
     春日山アリ
  直江津 1里1丁33間
  黒井 2里
  ( 潟町 2里
十四日 柿崎 1里18丁20間
  鉢崎 1里18丁5間
  (  3里
十五日 柏崎 1里18間
  荒濱 1里18丁
  椎谷 2里
  ( 石地 3里
十六日 ○出雲崎 2里
     遥ニ佐渡見ユル
  山田 2里
  ( 寺泊 2里31丁59間
十七日 ○彌彦 2里7丁42間
  竹野町 1里15丁51間
  ( 赤塚 1里22丁35間
  内野 3里18丁50間
十八日 ○新潟 26丁
十九日 二十日  御駐輦二日 縣廰アリ
  沼埀(タレ) 3里22丁25間
     赤野川渡船塲
  ( 内島見 3里6丁43間
二十一日 ○新發田 4里12丁
     東京鎮臺分營アリ

PP-14 同上(水原→糸魚川)  

PP-14
  ( 水原 3里
     赤野川渡船塲アリ
二十二日 ○新津 4里30間
  ( 加茂 4里
二十三日 ○三條 3里16丁2間
     信濃川五十嵐川ヲ控ヘ
  ( 見附 3里8丁
二十四日 ○長岡 4里
     信濃川ヘ三大橋ヲ連架ス
  ( 宮本 5里余
  小千谷 2里半18丁3間
     商買輻湊ノ地ナリ
  塚ノ山 5里
     頗ル平地ニテ馬車通ス
二十五日 柏崎 3里
  (  1里18丁5間
  鉢崎 1里18丁20間
二十六日 柿崎 2里
  潟町 2里
  黒井 1里1丁33間
  ( 直江 2里24丁23間
  高田 2里24丁
  長濱 28丁12間
  有間川 1里24丁12間
二十七日 ○名立 3里3丁5間
  ( 能生 2里11丁3間
  梶屋敷 2里5丁11間
二十八日 ○糸魚川 1里34丁
     姫川渡船アリ

QP-15 同上(海→金澤)  

越中富山舟橋図(歌川広重)

 

QP-15
  1里11丁1間
  11丁21間
  ( 外波 1里25丁1間
     親不知ト云
  市振 2里17丁36間
     越後越中國界ニ境川アリ
二十九日 ○泊 2里7丁34間
     小川仮橋
  船見 1里18丁48間
     上流ニ刎橋アリ
  浦山 1里26丁10間
  ( 三日市 2里9丁16間
     片貝川橋
三十日 ○魚津 2里6丁22間
  滑川 34丁51間
  ( 水橋 2里6丁3間
  町新庄 1里16丁8間
三十一日 ○富山 3里16丁8間
     神通川舟橋アリ
  小杉 1里12丁15間
  大門 1里5丁55間
  ( 高岡 2里5丁26間
     千保川アリ
  四十萬 1里34丁1間
三十二日 ○今石動 2里29丁20間
     越中加賀國界
  竹ノ橋 34丁47間
  ( 津幡 1里27丁9間
  森下 1里26丁54間
三十三日 ○金澤 1里34丁5間
     石川縣廰アリ名古屋鎮臺兵分營アリ

RP-16 同上(野々市→湯ノ尾)  

 

RP-16
三十四日 御駐輦二日
三十五日  
  野々市 1里12丁6間
  ( 松任 1里13丁14間
  柏野 1里22丁33間
     手取川舟渡シ
  粟生 20丁
  寺井 1里25丁22間
     九谷燒陶器名産 安宅川
三十六日 ○小松 2里2丁27間
  月津 33丁18間
  動橋 24丁6間
     山中ニ温泉アリ
  作見 1里12丁11間
  ( 大聖寺 33丁23間
     大聖寺川アリ 加賀絹名産
  立花 1里6丁29間
  細呂木 1里25丁41間
三十七日 ○丸岡 2里9丁
     九頭龍川舟橋アリ 長百二十間
     加賀越前國界
  長崎 1里31丁45間
  舟橋 1里14丁41間
三十八日 ( ○h 2里2丁24間
     足羽川アリ 橋八十八間 半ハ石 半ハ木
  淺水 2里5丁18間
  上鯖江 1里4丁59間
     日野川アリ
  ( 武生 28丁41間
  四郎丸 32丁17間
  脇本 1里1丁9間
  鯖波 27丁24間
  湯ノ尾 25丁58間
     湯ノ尾峠アリ

SP-17 同上(今庄→京都→石部)  

 

SP-17
三十九日 ○今庄 2里9丁35間
  板取 1里6丁1間
  二ツ屋 2里45間
  桑原 2里9丁18間
四十日 ○敦賀 2里9丁
  再 桑原 3里
  中河内 1里1丁
  椿坂 1里2丁
     越近國界
  ( 柳ヶ瀬 2里17丁26間
四十一日 ○木ノ本 1里31丁13間
  速水 2里5丁5間
  ( 長濱 2里
     仲仙道
  鳥居本 2里
四十二日 ○高宮 2里
  越智川 2里18丁3間
  ( 武佐 3里
  守山 1里18丁5間
四十三日 ○草津 3里27丁32間
四十四日 ( ○大津  
四十五日 滋賀縣廰御駐輦 三日京都東山御陵へ御参拝
四十六日  
四十七日  
     從是東海道
  ( 草津 2里28丁
  石部 3里6丁18間

㉑P-18 同上(水口→前ヶ須)  

 

㉑P-18
四十八日 ○水口 2里35丁
  ( 土山 2里20丁51間
     鈴鹿山アリ 近勢ノ國界
  坂ノ下 1里21丁28間
     筆捨山アリ
四十九日 ○關 29丁8間
     伊勢路
  楠原 33丁4間
  椋本 2里
  久保田 1里30丁7間
五十日 ○津 3里18丁5間
五十一日 三重縣廰アリ 御駐輦一日
  三渡 30丁40間
  ( 松阪 2里19丁8間
  齋宮(伊勢神宮) 2里27丁7間
五十二日 ○山田 2里27丁
五十三日 御駐輦一日
  齋宮(伊勢神宮) 2里19丁8間
  ( 松阪 30丁40間
  三渡 3里18丁5間
五十四日 ○津 2里16丁43間
  上野 1里31丁9間
  白子 1里22丁42間
  ( 神戸 2里29丁7間
     東海道
  四日市 3里22丁3間
五十五日 ○桑名 2里
     勢尾國界
  前ケ須 1里30丁

㉒P-19 同上(福田→二川)  

 

㉒P-19
  ( 福田 5里16丁
五十六日 ○名古屋 2里19丁34間
五十七日  愛知縣廰アリ 御駐輦二日
五十八日  
  清須 2里32丁49間
  ( 一ノ宮 2里7丁16間
     尾美國界
  笠松 1里10丁12間
  加納 24丁6間
五十九日 ○岐阜 24丁
六十日  岐阜縣廰アリ 御駐輦一日  
  加納 1里10丁12間
  笠松 2里7丁16間
  ( 一ノ宮 2里32丁49間
  清須 2里19丁34間
六十一日 ○名古屋 1里14丁24間
  熱田 1里28丁49間
  鳴海 3里3丁46間
     有松絞リ名産 
     尾三國界
  ( 知立 3里27丁9間
六十二日 ○岡崎 2里1丁44間
     矢ハギ川
  藤川 2里19丁46間
  ( 赤坂 17丁17間
  御油 2里33丁8間
六十三日 ○豊橋 2里3丁27間
     豊川
  二タ川 1里19丁30間
     三遠國界

 

㉓P-20 同上(白須賀→沼津)  

 

㉓P-20
  白須賀 1里28丁16間
  ( 荒井×→新居に訂正 1里7丁42間
     一里渡シ
  舞坂 3里2丁20間
六十四日 ○濱松 3里21丁15間
     天龍川
  ( 見附 1里21丁15間
  袋井 2里21丁39間
六十五日 ○掛川 1里32丁38間
  日坂 1里24丁20間
     小夜中山
  金谷 1里5丁8間
     大井川 遠駿國界
  ( 島田 2里13丁57間
六十六日 ○藤枝 1里26丁30間
  岡部 2里45間
     宇部谷峠
  丸子 1里24丁7間
     阿部川
六十七日 ( ○静岡 2里23丁27間
六十八日  御駐輦一日
  江尻 1里14丁48間
  ( 興津 2里11丁33間
  由比 33丁28間
六十九日 ○蒲原 3里5丁19間
     富士川
  吉原 2里29丁57間
  ( 原 1里24丁15間
  沼津 1里18丁19間
     駿豆國界

㉔P-21 同上(三島→東京)  

【御巡幸御休泊割各驛記】(文進社藏) 下↓

 

【 定 價 三 銭 】

神奈川から鉄道で新橋まで、それより皇居へ

 

㉔P-21
七十日 ○三島 3里24丁13間
     豆相國界
  ( 箱根 4里9丁54間
七十一日 ○小田原 4里6丁52間
     酒匂川
  ( 大磯 29丁55間
  平塚 3里24丁39間
     馬入川
七十二日 ○藤澤 1里33丁59間
  戸塚 2里15丁53間
     相武國界
  保戸ヶ谷 1里12丁42間
  ( 神奈川 神奈川−新橋(鉄道)
七十三日 東京御着輦
  從 東京 至 浦和  6里4丁2間
  從 浦和 至 前橋  24里28丁
  從 前橋 至 長野  34里4丁
  從 長野 至 高田  15里19丁
  從 高田 至 新潟  32里35丁
  從 新潟 至 新發田通リ長岡ヲ經テ柏崎ニ至ル 45里28丁
  柏崎ヨリ御昇路高田ニ至ル 12里4丁
  從 高田 至 金澤 53里
  從 金澤 至 敦賀 37里32丁
  從 敦賀 至 京都 26里11丁

㉕奥付 

【 定 價 五 銭 】

㉕奥付
  合里 貮百八十八里弐拾六町余
東京 第三大區二小區麹町

編輯人 

第一大區拾四小區田所町

出版人 

第一大區拾小區木挽町

印刷人 

定價 金五錢

 

㉖裏表紙  

㉖裏表紙
      書き込み     天皇さま 京都・・・・・???かな

 

表紙へ  【@巡幸(予定の全ルート)】ご一読お疲れさまでした。